関口良雄著「昔日の客」(夏葉社刊)を読んだ。著者は、大田区にあった山王書房の店主だった人。山王書房は、古書店、古本屋である。昔日とは「せきじつ」と読み、昔、お店に来たお客様の思い出などを書き留めた一冊である。
古書店主が書いた本はいろいろあるが、まず神田神保町あたりの古本屋ではない点に注目したい。大田区の小さな店構えの古本屋であったようだ。店の主(あるじ)は昭和二十八年(1953年)に開店し、昭和五十二年(1977年)に五十九才で亡くなっている。
没後、三茶書房から「昔日の客」は発刊されたが、その後入手困難な状態が続いた。古本としても値が張ったようだ。復刊を望む声が強く、2010年、夏葉社から復刊された。
著者や本のバックグラウンドの説明は、このくらいにして小僧の感想などを書きたい。
まず、実に面白い本であった。登場する人々も多彩である。正宗白鳥と夫人、伊藤整、三島由紀夫と父親、尾崎士郎、そのほか、市井の人々。三島由紀夫もしばしば来店していたようだが、父親の思い出を書いたところが、小僧には大層興味深かった。以下、来店した三島の父親との会話を引用する。
「うちの伜は小説を書いているんだ」
「どなたですか」
「三島由紀夫っていうんだ」
「ああ、そうですか、三島さんならよく知っております」
「君知っているか」
そこで初めて老人は相好を崩した。 (本書 118頁から引用)
以上は、三島由紀夫が自決する二年前の会話だった。事件後、三島の父親が駅前の本屋で息子の「潮騒」を買っているところを目撃する。
「そのとき、本屋のおばあさんが、誰にともなく、わたしゃあ、三島さんのお父さんの顔を見るとおかわいそうでならない、と涙声でいったのを耳にしたことがある」(本書 120頁から引用)
古書店主として、作家や本を愛する市井の人々を記録した「昔日の客」は、古本と古本屋が大好きな小僧にとっては、よだれの出るような貴重な本である。
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