今回読んだ本は、グルメ本ではない。日本のフランス文学研究の先駆者、鈴木信太郎の全集第五巻(随筆)である。そもそも、鈴木信太郎とはだれか?
1895年(明治28年)東京に生まれ、1970年(昭和45年)、84才の長寿を全うしたフランス文学者である。1920年以降、フランス文学の研究者、教育者として、大学で勤務を続けた。
フランス滞在は、1925年(大正14年)、パリでの1年あまりの私費留学と、1954年(昭和29年)3か月ほどのフランスとベルギーへの公務出張である。
あらためて、鈴木信太郎のフランス滞在期間を調べて、1年半という短さに驚いた。というのは、全集第五巻に収められたフランス文学のみならず、歴史、食事、酒、書籍などについての知識が半端ないのである。もちろん、全集ではフランス関連に限らず、日本のこともたくさん書かれているが、小僧が一番の関心をもって読んだのは、フランス関係であり、その量と質に圧倒された。
たとえば、チーズ。ほんの一部、引用紹介してみよう。
「プチ・スイスは春先きがよく、ポン・レヴェクは夏がよく、リヴァロオは、秋、冬。
ことにうまいのは、一月二月のカマンベル、五六月のロクフォオル、真夏のグリュイエエル、十一十二月のブリ。」
今は、輸送や保管技術もよくなったので、いつ食べてもうまいのかもしれませんが。
さらに、ワイン。
「シャトオ・イクエムに対抗するブウルゴーニュ第一の白葡萄酒は、ニュイやボオヌを中心とするブウルゴーニュ高地帯のモンラシェである。幽かに甘口とはいへ、ボルドオ酒とは全く異なったこくはあるがさらりとした味で、何とも言えぬ男性的な白葡萄酒だ」
思わず、グビッとやりたくなるような文章です。
最後は、戦後の昭和29年、二度目の訪仏の時、フランスから日本の友人に書いた手紙から引用する。朝食のクロワッサンはじめ、フランスの食事の量が異様に増えて食いきれないと嘆いている。
「朝食にしたって、昔はクロワッサン(三日月パン)が一つでコーヒーが一合牛乳が一合位だったと思うが、今日は、ホテルでも家庭でも、クロワッサンが二つ、(しかもクロワッサンが昔より大きくなっている!)それにコーヒーと牛乳が四合位だ」
戦後、食事の量が増えたのは米国の影響ではないかと鈴木は書いているが、いかがなものだろう?この時、鈴木は59才。
それにしても、昭和29年(1954年)に、クロワッサンやカフェオレから成るパリの朝食ことを報告できる日本人は少なかっただろう。ちなみに、小僧はすでに高齢者であるが、パリでも日本でも、朝食にクロワッサン二つくらい、ペロリである。
短いフランス滞在にもかかわらず、鈴木の随筆の内容が豊かで濃いのは、しっかりとした学問の裏付けがあるからだろう。さらに言うなら、ケチな小僧と違い、気前よく金を使った結果であるのかもしれない。鈴木信太郎全集第五巻は、宝石のような随筆がたくさん収録された本である。
この本は、昭和48年(1973年)定価6千円で売られていたが、学生の小僧は買えなかった。勤め人になって、ようやく古書店で買えた。
鈴木は書籍や食事やワインのため大枚を使い、この本を我々に残してくれた。まことにもったいない話である。これほど、舌の肥えたフランス文学者が一番うまいと考えたのは何か?こんな文章が残されている。
「一体何が一番うまいか。答えは至極簡単だ。型や種類はいろいろあるが、巴里のパンがうまい。それよりもうまいのが日本の米。なほ一層うまいのが日本の餅だ」
鈴木信太郎の実家は、大きな米問屋であった。パン屋の息子であったら、どうなっていたか?
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